卵巣癌、抗がん剤治療TC療法6クール体験 回想⑤


点滴中、一度に現れる症状

今日は術後約3週間の入院、そして退院後1ヶ月ほどして始まった抗がん剤治療についての回想です。

当時は、自分の体験をブログに書こうなど思いもしませんでした。

ガンだと会社の人達に分かられるのが嫌で、「婦人科系の病気」とだけ言って突然病欠に入ってしまった私。

いづれ髪の毛を失い、明らかになるに違いないのに。

さて、抗がん剤ですが、私の場合はTC療法と呼ばれるものでした。外来でも出来ますが、私は途中で気持ちが悪くなるのが嫌で一泊入院で実施しました。

黄色っぽい液体は見ているだけで気分が悪くなるものでしたが、点滴している間、その後に現れる副作用や痛みを全て経験するかのように、汗が出て、熱っぽく、舌には金属感、そして関節痛、と夢を見ているかのようにクルクルと症状が現れるのです。

終了してしばらくすると、これが不思議なことに何ともなくなり、食欲も出てきます。

されど、ヨーグルトが金属味だなぁ、と思いましたけど。

次の日はなぜか爽やか、元気いっぱい!?そして・・・

さて、翌日、爽やかに目覚め、会社へ行ける服装に着替えてキャリーケースを引っ張りながら会社へ向かいます。おそらく出張中の人にしか見えなかったと思います。

問題はその後。

点滴から約24時間後に、なんだか気分が悪くなってきます。最悪の状態で満員電車に乗らなくて済むように、4時ごろに退社させてもらっていたと思います。

自宅に着いてからその後翌日丸々終わるまで、最悪の状態になります。

食欲は全くなく、匂いのキツイものは食べられないので、一個の固いベーグルを一日中かけて小鳥のように食べていました。

その間にやってくる辛さで一番きつかったのは、関節痛や内臓をカナヅチで叩きのめされているような感覚

当然、トイレに立つのも不自由、言葉も不自由。

あまりに辛くて近所の友人に来てもらったこともあります。

辛い時に想像していたのは、ガン細胞を薬がやっつけてるイメージ。正常な細胞は私のために必死で逃げてくれているイメージ。

ありがとうね、頑張ってくれて。

本当にありがとう、と内臓を自分でさすり、なんとか眠ってしまいたい、と願っていました。

不思議なことに、翌朝にはすっかり元気に戻ります。

しかしながら、私の白血球は確実に下がってきており、2回目、3回目と進むにつれ、1000少しくらいにしかならずに、

「危険だから今日は抗がん剤はできないので、また来週来てください。」

ということが何度かありました。

自分の身体が自分のコントロールできないところで弱っていく不甲斐なさ、情け無い、と感じました。

ウィッグは前向きに、そして会社復帰へ

全6クールで終わりましたが、本当に辛かった。。

1回目が始まり、髪の毛が抜け始めた頃に会社に復帰しました。二ヶ月と少し、休んだことになります。

デスクには大きなお花が置かれて、当時の支社長の奥様が焼いてくれたイギリス風のケーキが本当に嬉しかったのは忘れられません。

病室で恋い焦がれた普通の生活に戻れた、その感慨だけが優しく私の気持ちをつつんでいました。

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↑当時の会社の支社長(イギリス人)の奥様が焼いてくれたケーキ

会社に復帰するにはかつら着用で、ということで早速探し始めました。

ウィッグなんて、安いとわざとらしいものしかないに違いない、と諦めていましたが、まあまあ納得できるものに出会えて、それはそれで今までとは違う自分を楽しんでいました。

ウィッグを家で取ると、後はモンチッチ状態。

数ヶ月して、私は思い切ってモンチッチで出社することに。それはそれで、なかなか評判が良かったです。

ガンは半強制的に新しい考え方や自分に向かい合う必要に迫られます。

でもそんな事を少しでも楽しもう、と思えたら、きっと気持ちが少し前向きになるのでは?と思うのです。

そして、前向きな人、自分で自分の命に責任を持って向かい合っている人は、回復が早い気もするのです。

一度病室が一緒になったご婦人は、人工肛門をつけているというのに、入院してきた日、

「しばらく遠出出来ないから主人と九州まで車で行ってきたの。ほとんど運転は私よ!」

と仰っているのに心底ビックリしたこともあります。

手術から2年後、卵巣がかつてあった場所あたりに、パチンコ玉くらいのコリコリを自分で発見しました。

そのストーリーは次回に。

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↑会社復帰当日、ウィッグにて